「明日こそやめよう」と思っても、また今日も昨日と同じ繰り返し。
「なぜやめられないんだろう」という罪悪感と絶望感。
摂食障害(私の場合は過食症)からは、ネガティブな感情しかわきませんよね。
ただ、私は摂食障害を克服したことで、「とても大切なことに気づくきっかけとなった」と思えるようになりまし
その大事なこととは、「自分が望む道に進むこと」でした。
1 突然ピタリとやんだ過食症
私の摂食障害の経験については、こちらにまとめてあります。
上記の過去記事をお読みに分かると思いますが、私は高校から約8年間、摂食障害に悩まされ続けてきました。
当時は摂食障害だとは全く思っていなかったので、病院で診てもらおうという気持ちはゼロ。毎日「なぜ」の繰り返しでした。
ただ、ある日を堺にピタリとやんだことによって、それが過食症であったことに気づいたのです。過食症は、自分を抑圧して生きてきた結果だということに。その“ある日”とは、イギリス留学で渡英した時のことです。
それ以来、食べて吐こうと思ったことは1度たりともありません。
2 日本での生活は不満の塊でしかなかった
昔から人付き合いが苦手で、自分で好きなことをしているのが好きな性格でした。
けれども、そうしていると友達ができず仲間はずれになってしまうので、無理してテレビや音楽の話に合わせた時期もありましたが、それがすごく苦痛で。
結局一人で何かするようになるのですが、悪口を言われたり無視されたりするようになりました。小学校と中学校は孤独でしたし、周囲に溶け込めない自分が大嫌いでした。
高校生になって自分を変えようと、頑張ってクラスでも目立つ子たちと仲良くなり、仲間外れになることはほとんどなくなります。けれども、やっぱり疲れるんですよね。話題についていこうと必死になるのだけれど、心から楽しむことができない。おしゃれをしてボーイフレンドとデートをして、今しかできないことをやりたいと思いつつも、何かが違うんです。将来なりたいことがよく定まらないし、いろいろと進路を考えても結局「何か違う」に戻ってしまう。
なんで自分はこうなんだろうと、ますます自分が嫌になってきました。
そういう気持ちは、専門学校から社会人になった後も続きます。というか、強さを増すばかりでした。
「私は何のために、生きているんだろう」。
この疑問に対する答えを求めているのに、かすりもしない。
真っ暗な暗闇の中を手探りで歩いているような状態でした。
「私の人生はこんなんじゃない!」それは分かっているけれど、「じゃあ、具体的に何なの?」という問いに答えが出てこない。
見つかる可能性すら分からない。
毎日がそんな感じで、大きな不満が自分の内側で大爆発を起こしているような状態でした。
3 摂食障害の原因はいろいろある
摂食障害には、大きく分けて
・過食症
・拒食症
の2種類があります。
私の場合は、間違いなく過食症でした。
摂食障害になる原因ですが、精神的なものから身体的なものまでさまざまです。
精神保健研究所が運営している『こころの情報サイト』には、摂食障害になる原因が紹介されています。
原因がよく分からない場合は、複数の要因が絡み合っていると考えられます。人の心は繊細ですからね。
摂食障害の原因は多岐にわたるので、治るきっかけも一つではなさそうです。私は環境を変えることで克服しましたが、カウンセリングを受けたり通院したりすることで症状改善につながるケースもあるようです。
まとめ:摂食障害の経験で学んだこと
私が摂食障害になったのは、自分の生き方に対するストレスでした。
この経験から学んだこと。それは、「自分と向き合い、自分に正直に生きること」です。
シンプルだけれど、実践するのは難しいですよね。
けれども、摂食障害の経験を通じて、自分が思うことや望むことを優先しそこから行動することがいかに大切かを学びました。
人によっては「自分の気持ちのままに生きるなんて、わがままではないか」と思うかもしれません。けれども、病気になるまで自分を抑圧してまで生きることが、正解なのでしょうか。何をするにも、自分が出発点。その自分が病気になり何もできないと、自分だけでなく周りの人を悲しませたり迷惑をかけたりすることになります。そうなってしまっては本末転倒ですよね。
自分の本音を拾えるのは自分だけ。自分も幸せを感じて、人も幸せにできる生き方は、わがままではなく良い生き方だと思います。
最後までお読みいただきありがとうございます!
記事に関するご意見・ご感想は、下記のフォームより送信いただけます。
お悩みや気がかりなことについても、お気軽にお寄せくださいね^^